イングランド西部にある Bath という都市を、ほんのわずかな時間であるが訪れることができた。
ローマ時代に浴場があったことからこの名前がついたというが、風呂嫌いの英国人にしては目立つ名前だったのかもしれない。写真は、いまは遺跡となった浴場(しかし給排水は当時のものが使われている)のそばにあるゴシックの教会(Bath Abbey)とパブリックアートのブタである。
レイアウトの設定の問題で、画像の右端が切れています。画像をクリックすると flickr にて正しい画像がご覧になれます。(釣りではありません。)
2008年8月13日水曜日
風呂という名の都市
2008年7月13日日曜日
ドレスデン城とカトリック旧宮廷教会
ドレスデン城と旧宮廷教会をつなぐ廊下は、限られた人間しか通ることができなかったものだろう。
ドレスデンはまだ復興の途中で、この歴史地区の中心部も例外ではなく、工事が続いている。旧東独時代には旧市街が復旧されたと聞いていたのだが、街のシンボルである聖母教会が復旧したのは2005年のことである。
2008年7月8日火曜日
2008年7月2日水曜日
抽象的な風景 その2
砂丘の砂は照り返しがきつく、それだけみていると輪郭が消滅してテクスチャが目に焼き付く。きつい日射にやられていたのかもしれない。
風紋が出てるのはもちろん風があるからだが、当然砂丘表面では風で砂が激しく舞っている。防塵性のテストはしたくなかったのでアップの撮影は断念した。
このような風景では E-410 のオートフォーカスはしばしば使い物にならなかったりした。AFセンサーには過酷な風景だったようである。
2008年7月1日火曜日
犬と橋, Porto
ポルトの続き。川沿いは低所得者層の住宅地で、洗濯場が外にあるほどであった。もう10年も前の話であるが。6月26日のエントリと同様、コンパクトカメラのオリンパスμ2で撮影。侮れない画質だった。
2008年6月30日月曜日
記憶都市, Split
クロアチアのアドリア海沿いの都市 Split。この旧市街は、ローマ帝国末期の皇帝ディオクレティアヌスが隠遁生活を営んだ巨大な宮殿跡である。中世に宮殿を少しずつ改造して街にしていったと思われるが、幾多の民族が通り抜け、歴史上の人物も少なからぬ数立ち寄ったであろうこの都市がもつ記憶の重層感は、石造の文明ならではのものであろう。
嘆きの天使, Zagreb
クロアチアの首都ザグレブを訪れたのは、戦争が終わって間もないころだった。ここは戦場にはなっていないのだが、大聖堂は修復中だった。大聖堂の中は熱心に祈りをささげる人が満ちていて、この旅行で幾度となく味わった戦争の傷跡を感じた最初の機会だった。
登録:
投稿 (Atom)